弔辞-昭和55年森白甫逝去に際して


弔辞

齢八十一年にて黄泉の旅に逝かれてしまい
ました。憶い(え)ば師と仰いで四十五年になり
ました。私が先生の門を敲いたのは
上野池之端のお菓子屋さんの二階に居られ
た頃のことで人の紹介状もなく、いきなりお尋
ねしたのですから今考えて見れば大変失礼な
ことにて汗顔のいたりです。然し四五日目に
快よくお会い下さいました。そして写生などを
見て頂き、半年ほどした或日今度審査員
に選ばれたので目白へ家を持つことになった。
就え(い)ては君 家へ来て呉れるかと言われたのです。
実際に大家の仕事ぶりを目のあたりに
見られると思い胸ふくらませて内弟子となった
訳です。其の頃の先生は毎日いそがしく
私の仕事は来客の案内、色々な鳥の
世話などです。合間にはよく一緒に写生
につれられました。先生は実に写生の虫で
努力の人でした。そう言う長年の
精進がむくいられて画人としての最高峰
に達せられたことは誠に当然なことと思います。
願はくばせめてもう幾年でも先生のために
時間を与い(へ)てほしかったと今にくやまれてなりません。
菲才な私は其の恩にむくいることも出来ず
他界されてしまいました。誠に慙愧に堪えません。
幽冥境を異にすると言うことは止むを得
ない生命の終焉ですが実に悲しい
出来ことです。ここに深く
ご冥福をお祈り申上げます。
  昭和五十五年六月二日

門人 新山晃司